今回の検討会では、令和2年9月 26 日に群馬県で確認された 59 例目の発生事例につい
て、現時点で判明している事実関係をもとにして CSF の感染経路、今後の対策を検討した。
概要は以下のとおり。なお、本事例については、現在も感染経路究明のための検査・調査
を実施しているところであり、新たな情報や科学的知見が得られる見込みであることから、
今回の結果概要については、今後も見直すこととする。
1.発生事例に関する調査結果及び考察
これまでに得られた検査結果や疫学調査結果等から、本事例のウイルスの侵入時期、農
場及び豚舎へのウイルスの侵入要因について推定し、比較的可能性の高いものを記載した。
【59 例目】
(1)農場概要
所在地:群馬県高崎市
飼養状況:一貫農場(飼養頭数:5,887 頭)
発生日:2020 年9月 26 日
(3)経緯
2019年
10月4日 群馬県内で CSF 感染野生イノシシを確認
11月20日 当該農場での初回ワクチン接種
2020年
8月27日 40~70日齢の離乳豚に家畜防疫員(県知事が任命した民間獣医師)がワ
クチン接種
9月3日 8月27日にワクチン接種した離乳豚の一部において、農場主が下痢と死
亡を確認。農場主は、以前哺乳豚で確認された浮腫病を疑い治療を実施
9月7日 農場主から、家畜保健衛生所と家畜防疫員に接種予定だった離乳豚の下
痢が回復しないため、回復してからワクチンを接種したい旨連絡
9月10日 接種予定だった離乳豚のワクチン接種を延期
9月17日 家畜防疫員が農場にて下痢と死亡を確認(極端に頭数が少なくなってい
る飼育箱はなかったとのことだが、9月7~17日までの離乳豚の死亡頭
数は156頭)。下痢から回復した豚にワクチン接種したが、回復していな
い豚はワクチン接種を再び延期。家畜防疫員が下痢便の寄生虫検査を実
施し、寄生虫を確認した旨、家畜保健衛生所に報告
9月25日 治療を続けたが回復せず、ワクチン接種を見送った豚群でも異状豚が増
加(9月18~25日までの離乳豚の死亡頭数は119頭)したことから、農場
主から家畜保健衛生所に通報。病性鑑定の結果、PCR と ELISA で陽性
9月26日 農研機構動物衛生研究部門での検査の結果、患畜と判定
10月1日 殺処分完了(総殺処分頭数は5,887頭。ただし、発生当初、県から報告が
あった飼養頭数は5,390頭)
防疫措置実施中
(5)ウイルスの侵入時期
ワクチン接種農場では、抗体を検出する ELISA 検査の結果について、検出された抗体
が、感染することで生産された可能性、ワクチン接種によって生産された可能性及びワ
クチン接種歴のある母豚からの移行抗体である可能性が考えられる。また、国内で流行
している CSF の感染のみでは、感染豚が死亡に至るような激しい下痢を発症するとは考
えにくいこと、当該農場では、今回の発生以前に哺乳豚で浮腫病の流行があったとされ
ていることから、下痢・死亡の発生状況を、直ちに CSF 流行の兆候と解釈することも難
しい。このため、検査結果に基づいて、ウイルスの侵入時期について信頼できる推定を
行うことは困難であるが、最初に下痢・死亡が認められた飼育箱で最初に感染が起こっ
たと仮定すれば、次のように整理できる。
① 殺処分前の検査の結果、離乳豚で多くの感染豚が確認され、肥育豚でも1頭が
PCR 陽性であった。一方で、繁殖・分娩豚には感染が確認されなかったことから、
感染は離乳豚で起こり、限定的に肥育豚にも拡大した可能性が高いこと
② 管理者によれば、離乳エリアの南側の入り口付近にある飼育箱において、8月 27
日のワクチン接種以降、9月初旬から下痢と死亡が始まり、その後、隣接の飼育箱
に拡大していることから、この下痢が最初のウイルスの侵入によるものと考えられ
ること
③ 殺処分前の検査の結果、最初に下痢が認められたとされる、入り口側の3つの飼
育箱の豚は、9頭全て(3頭×3箱)が PCR 陰性、ELISA 陽性であった。この9頭
は全てワクチン接種済みであったが、抗体が感染によるものであるとすると、感染
から時間が経過したことによりウイルス遺伝子が検出されなくなったと考える必要
があること
④ これらの3つの飼育箱の離乳豚は、7月 30 日~8月4日に 25~30 日齢で離乳エ
リアに移動しており、3週間程度後の 50~53 日齢でワクチン接種を受け、殺処分
前の検査の時点で 81~84 日齢であったことと、PCR 検査で陰性であったことを考慮
すると、これらの豚が離乳エリアに移動した時点かその後に感染したと考えられる
こと
から、当該農場へのウイルスの侵入は、7月末から8月中旬頃までに起こったと考え
られる。
(6)農場への侵入要因
① 離乳エリアに飼料を搬入する車両の消毒は約 300 メートル離れた肥育舎脇で行わ
れていたこと。その後、繁殖、離乳エリアに入る場合、公道を走行して車両消毒を
行わず入っていたこと
② 農場の所在する地域では、西側から感染イノシシの確認地点が東側に移動してき
た経緯があり、発生が確認された時点では農場東側の地域でも感染イノシシが確認
されていたことから、農場周辺のイノシシは感染していた可能性が高いこと
③ 管理者によれば、最近、農場周辺の梅林で、多くの死亡イノシシが確認(検査実
施せず)されていたこと
④ 衛生管理区域の境界には、防護柵が設置されており、農場内にはイノシシの侵入
はなかったと考えられること
⑤ 農場内ではカラスが多く認められたほか、ネコ、ネズミ等の野生動物が農場内に
侵入していたこと
⑥ 離乳豚の飼育箱のおよそ半分には屋根がなく、防鳥ネット等は設置されていなか
ったため、カラス等の野生動物の侵入が容易であったことから、近隣の感染野生イノシシ由来のウイルスが、車両や野生動物の出入りを介して農場に侵入した可能性がある。(7)豚舎への侵入要因
① 前述のように、農場での最初の感染は、離乳エリアの南側の入り口付近の飼育箱
で起こったと考えられること
② 従業員が離乳エリアで作業を行う際には、離乳エリア入り口において、エリア用
の長靴に履き替えていたが、飼育箱に入る際には、長靴の交換や踏み込み消毒は行
っていなかったこと
③ 離乳エリアで作業する従業員の動線と、離乳エリアに飼料を搬入する車両の動線
が交差していること
④ 離乳豚の飼育箱のおよそ半分には屋根がなく、防鳥ネット等は設置されていなか
ったため、カラス等の野生動物の侵入が容易であったことから、人や野生動物の出入りを介して、ウイルスが豚舎内に侵入した可能性がある。2.今後の発生予防対策(提言)
豚飼養農場等においては、これまでに指摘した点に加え、以下の対策を確実に履行して
いただく必要がある。
(1)毎日の健康観察と早期通報・相談
本事例については、9月初旬から飼養豚に下痢と死亡頭数の増加が確認されていたが、
農場主は、過去の哺乳豚での浮腫病の流行を踏まえ、これらの症状についてワクチン接
種の影響による浮腫病の再発を疑い、直ちに家畜保健衛生所に通報しなかったため、病
性鑑定の実施が遅れた。下痢や死亡頭数の増加は、CSF を疑う症状(家畜伝染病予防法
第 13 条の2に規定する農林水産大臣が指定する症状)であり、CSF ワクチンを使用して
いる農場であっても全ての豚に免疫が付与されるわけではないため、これらの症状が確
認された場合には、遅滞なく家畜保健衛生所に通報する必要がある。
また、本事例では、家畜防疫員が下痢と死亡を認めたため、ワクチン接種を延期した
ことが確認されている。家畜防疫員はワクチン接種豚の健康状態を、臨床観察や飼養衛
生管理者からの聴取等により確認し、ワクチン接種の可否を判断するとともに、CSF を
疑う症状が認められた場合は、家畜保健衛生所に報告する必要がある。また、豚の健康
状態が通常と異なる等の理由で接種を延期する場合には、農場主に対し、飼養管理の順
番を工夫する等の当該豚の感染防止対策を徹底するよう指導する必要がある。
(2)ワクチン接種農場における飼養衛生管理
CSF ワクチン接種推奨地域は、野生イノシシの CSF 感染状況や農場周囲の環境要因を
考慮し、飼養豚への感染リスクが高い地域を設定しているため、ウイルスの農場への侵
入防止措置をより徹底する必要がある。
CSF ワクチンについては、接種しても 100%免疫を獲得するわけではないことから、
ワクチン接種農場においても、免疫を獲得していない豚が存在することが報告されてい
る。特に、農場内で離乳豚のみを飼養するエリアは、母豚の移行抗体が低下し、ワクチ
ン未接種の個体が一定程度存在することになり、感染リスクが高いと考えられるため、
離乳豚を飼育する豚舎等では、
・柵の設置等による衛生管理区域への野生動物の侵入防止措置(項目 23)
・豚舎開口部への防鳥ネットの設置(項目 29)
・豚舎に出入りする際の、長靴や作業衣の交換及び手指や一輪車の消毒(項目 25、26、
28)
・健康観察と異常が認められた際の通報(項目 39)
等を徹底する必要がある。また、開放部のある子豚用の飼育箱は、屋根や防鳥ネットで
覆う等、屋外からウイルスが侵入しない措置を図ることがポイントであり、やむを得ず、
箱内の豚に接触したり、箱内で作業する際には専用の長靴・手袋への交換を徹底する等、
感染防止対策が必要である。
(3)適正な飼養衛生管理の徹底
本年7月1日より、これまでの疫学調査の結果に基づく本疫学調査チームからの提言
も踏まえ、新たな飼養衛生管理基準(豚、いのしし)が施行されており、今回の発生農
場においては、
・衛生管理区域内に出入りのたびに消毒や衣服・靴の交換ができない自宅が含まれて
いたこと(項目8)
・衛生管理区域に入る車両の消毒が不十分であったこと(項目 17)
・豚舎ごとの長靴や作業着の交換が不十分であったこと(項目 26)
・衛生管理区域周囲に防護柵等は設置されていたが、防護柵周囲の除草が行われてい
なかったこと(項目 23)
・ほとんどの豚舎や堆肥舎に防鳥ネットを設置していなかったこと(項目 29)
・衛生管理区域の内外に糞尿が堆積しており、衛生管理区域内の消毒や除草が不十分
であったこと(項目 32)
等、農場や豚舎へのウイルスの侵入を招く事項が複数確認されており、さらに、前述の
とおり、家畜保健衛生所への早期通報がなされなかったこと(項目 39)も確認されてい
る。飼養衛生管理基準は、家畜の飼養に係る衛生管理の方法として、家畜の所有者等が
守るべき基準であり、ASF ウイルスの国内への侵入リスクが高まっていることも踏まえ
れば、全国の豚飼養農場において、家畜の所有者等の自己点検に加え、農場内へのイノ
シシ等の野生動物の侵入や病原体の侵入を防止するため、都道府県主導のもと、市町村、
生産者、獣医師、畜産関係者による地域ぐるみでの飼養衛生管理の徹底を今一度確認す
る必要がある。
https://www.maff.go.jp/j/syouan/douei/csf/attach/pdf/domestic-128.pdf