聽寫:道魔幽影
校對:KotomiFC會長
感想:在下還未夠班啊啊啊啊啊~>_<
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AIR 第4巻 神尾観鈴・DREAM(後編)
01. 承前・観鈴の夢
観鈴:
「夢を見るの」
「不思議な夢」
「夢はね、ずっと続いてるの」
「毎晩続いてるの」
「夏休みが始まった日から」
「わたし、その夢を遡ってる」
往人:「どういう意味だ…」
観鈴:
「うまく言えないけど、わかるの」
「風の匂いとか、肌触りでわかるの」
「空気の流れ、季節の移り変わり…」
「わたしは時間を遡ってるって」
往人:「そんなの、聞いたことないぞ」
観鈴:「ね、往人さん」
観鈴:「もしかしたら、わたし、昔は空を飛べたのかなぁ」
往人:「どうして?」
観鈴:
「わたし、すごく気持ちよく空を飛んでた」
「足の下の雲はいつもより少なくて、海と陸が見渡せた」
「白い波の線が、陸に押し寄せて、消えたりしてた」
「それでね…わたしはそこで悲しんでた」
「どうして、空のわたしはあんな悲しい思いをしているのかな」
往人:「観鈴…お前…」
観鈴:「にはは。どうしたの、往人さん、怖い顔してる」
往人:「っ!そうか…」
観鈴:「往人さんは子供を笑わせるのが仕事なんだから」
往人:「往人さんも笑わなくちゃダメだよ」
往人:「笑う…」
観鈴:「うん!ほら、こうやって…にはは」
往人:「なんだそれ?」
観鈴:「笑ってるの」
往人:「観鈴…夢だろ。おまえには関係ない」
往人:「おまえこそ、いつものように笑ってろ」
往人:「おまえが笑ってないとさ…」
観鈴:「なに?聞こえないよ」
往人:「とにかく笑ってろ」
観鈴:「うん…ぶいっ」
観鈴:「にはは」
BGM:羽根(はね)
観鈴:『どうして、空のわたしはあんな苦しい思いをしているのかな』
往人の母:
『この空の向こうには、翼を持った少女がいる。』
『それは、ずっと昔から』
『そして、今、この時も』
往人:「そこで少女は、同じ夢を見続けている」
往人の母:『同じ大気の中で、翼を広げて風を受け続けている。』
往人:「彼女はいつでもひとりきりで…大人になれずに消えてゆく」
往人の母:『そこで少女は、同じ夢を見続けている』
往人:「そんな悲しい夢を、何度でも繰り返す…」
往人の母:
『何度生まれたとしても、決して幸せにはなれない』
『彼女はいつでもひとりきりで』
『そして、少女のままその生を終える』
『そんな夢…』
往人:「わからない」
往人:「オレだってどうしていいか、なにもわからないんだよ」
往人:「観鈴…」
AIR DREAM 神尾観鈴 後編
観鈴:「夏休みの登校って、少し寂しいね」
往人:「そうだな…」
観鈴:「ね…」
往人:「ん、どうした」
観鈴:「ジュース、買ってもいいかな」
往人:「あ、ああ。好きにしろ」
観鈴:「すごくノドかわいたー」
観鈴:「なにか考えごとしてる?」
往人:「ん? ああ…」
往人:「体は…大丈夫か」
観鈴:「うん、わたし元気なのが取り柄だから」
往人:「そうだよな。おまえから元気とったら、何も残らないもんな」
観鈴:「それってひどいと思う」
往人:「冗談だ」
観鈴:「往人さんは…少し元気ない?」
往人:「いや、元気だ」
往人:「いつだって、腹さえ減ってなかったら、元気なんだ」
観鈴:「往人さんらしい…にはは」
観鈴:「ね、もしかして…またこの町、出ようとか考えてるかな」
観鈴:「ここ、すごくいい町だよ」
往人:「ああ。おまえみたいな呑気な奴にはぴったりの町だな」
観鈴:「往人さんには物足りない?」
往人:「そうだな」
観鈴:「でも…わたしはずっとひとりだったから、すごく楽しいよ」
往人:「いるだろ、友達のひとりやふたり」
観鈴:
「ううん、いないよ」
「往人さんも、知ってるよね」
「友達になれそうになると、わたし癇癪起こして、泣き出しちゃうから…」
「どうしてかわからないけど…小さい時からずっと」
往人:「でも…それでも、おまえはひとりじゃないだろ」
観鈴:「にはは」
往人:「お前には、晴子がいるだろ」
観鈴:「お母さん?」
観鈴:「お母さんはね、本当のお母さんじゃないから」
往人:「え…?」
観鈴:「お母さんは…晴子さんは、本当は叔母さん」
晴子:
『うち、親なんかに向いてないねん』
『あの子もヘンやしな』
『ある日ふっと現れることもあるんや』
観鈴:
「わたしがヘンな子だから、押しつけられたの」
「わたしはここで暮らすことになったけど…」
「叔母さんには自分の生活があるし」
「ひとつ屋根の下だけど、別々に暮らしてるの」
「わたし、本当にずっと晴子叔母さんにも迷惑かけてる」
「だから、何も言わない。贅沢とか…」
「迷惑かけないように、ひとりで遊んでたの」
「ひとりでヘンなジュース探したり、トランプして」
「にはは」
往人:「観鈴!」
観鈴:「え?」
往人:「学校が終わったら、散歩に行かないか?」
往人:「ここで待ってるから」
観鈴:「往人さんから誘ってくれるなんて、すごく意外」
チャイムが鳴り渡る。
観鈴:「あ、いかないとっ…」
観鈴:「往人さん、わたし、海に行きたい」
観鈴:「じゃあね、往人さん」
往人:「海だな。よし、海に行こう」
※ ※ ※ ※
往人:「よ~しっ、動け」
往人:「どうだ、面白いか」
子供:
「ううん」
「ぜんぜん」
「面白くないよね」
「面白くない」
「行こう、行こう」
「うん」
往人:「………」
往人:「ひとつだけ、ひとつだけ観鈴に聞こう」
往人:「それさえ確認できれば、オレはオレなりに答えを見つけられる気がする」
晴子:「なんや、珍しいとこで会うやないか」
晴子:「神社なんかに何の用や」
往人:「それはこっちのセリフだ」
晴子:「……っ。うちかてお参りしたくなる時くらいあるわ」
往人:「うん?」
晴子:「仕事戻らなあかん、さいならや」
往人:「あ、ああ」
02. 観鈴と晴子
観鈴:「ゴメンね」
往人:「いや、別になにもなかったんならいいけどさ」
往人:「オレ、待ってたんだぞ」
観鈴:「うん。ゴメン」
晴子:「帰ったで」
観鈴:「おかえり」
晴子:「あぁっ…」
晴子:「あんた、呑気なもんやな…心配させといて、自分はトランプ遊びかいな」
観鈴:「おやすみ」
往人:「観鈴…」
観鈴:「ゴメンね、往人さん、約束守らないで」
晴子:「あ~あ」
往人:「酒臭い息を吐きかけるな」
晴子:「アンタ、あの子から聞いてへんの?」
往人:「なにかあったのか?」
晴子:
「学校で倒れたて、連絡入ったんや」
「仕方あらへんから、バイクで診療所に連れてって、そのまま家まで送ってきたんや」
「学校で癇癪起こすなんて、ここのところなかったんやで」
「それもな、誰かと遊んでたんやなくて、一人でいて泣き出したっちゅうねん」
往人:「それで神社に…」
晴子:
「なに勘違いしとんのや」
「うちがそんなこと神頼みするわけあらへんやろ」
「ふっ、気にすることあらへん。もう無理なんや」
「誰かと親しくなると、癇癪起こす」
「あんたにべったりやからな。癇癪止めるんはもうあんたには務まらへん」
往人:「でも、アンタだって…」
晴子:
「…うちはあの子に好かれてへんからなー。適任っちゅうわけや」
「まったく、難儀な子やで」
「よっしゃ、飲みなおそう!」
「ほな、土産もあるんや」
往人:「ひとりでやってくれ」
晴子:「なんや、そないなこと言わんと一緒に食おうや」
晴子:「おいしいんやでここの寿司」
往人:「食わない」
晴子:「ひとりより、ふたりで食べたほうがおいしいやん」
晴子:「な、楽しい夜になるでっ」
晴子:「まいった、もう」
往人:「どうして、引き取ったんだよ」
晴子:「なにがや」
往人:「どうして、観鈴を引き取ったんだよ」
晴子:
「なんや…あの子、話してたんかいな」
「引き取ったんやない」
「押しつけられたんやーふふっ」
「嫌や言うてんけどなーはっ」
「しゃあないな、ひとりで食うーかーふー」
往人:「そんなこと言ってるから、あいつはあんたに甘えられないんだろっ!」
晴子:
「なんや…あんた」
「自分の面倒もロクにみれん人間が、よう、他人に意見できるな」
「自分で恥ずかしい思わんのかいな」
「ずっとあんた、タダメシ食らってるだけやないか」
「うちなんかに…」
「うちなんかに、あの子、甘えたいわけあらへんやろ」
※ ※ ※ ※
往人:「観鈴」
往人:「寝たのか」
往人:「入るぞ」
往人:「観鈴…凄い部屋だな、一体いくつあるんだ、恐竜グッズ」
観鈴:「たくさんあるよ」
往人:「これだけよく集めたな」
往人:「でも、他にいっぱい可愛い動物がいるだろ。パンダとか、シロクマとか」
観鈴:「パンダやシロクマにもない魅力があるの、恐竜には」
往人:「どんな」
観鈴:「ロマン」
往人:「ロマン?」
観鈴:「そう、恐竜はすごく長い時間栄えて…でも絶滅しちゃって、今ではもう過ぎ去ったもの」
観鈴:「終わりを迎えてしまったものなんだよ」
観鈴:「なんだかせつなくて、きゅんとなるの」
往人:「そうだな。きゅんとなるな」
観鈴:「往人さん、馬鹿にしてる」
観鈴:「ね、なに?」
往人:「……?」
観鈴:「往人さん、なにかようがあったんでしょ?」
観鈴:「お母さんと喧嘩でもしたの」
観鈴:「大きな声聞こえたよ」
往人:「いや、喧嘩なんかじゃないよ」
観鈴:「うん、喧嘩なんかしちゃダメ」
往人:「ああ」
往人:「なあ、観鈴」
観鈴:「うん?」
往人:「思い出してほしいことがあるんだ」
観鈴:「いいよ、なにかな」
往人:「夢の中のおまえには…翼があるか?」
観鈴:「翼…?」
往人:「夢の中で、おまえは空を飛んでるんだろ?」
観鈴:「あ、うん。でも、自分に翼があるかなんて、考えたことないよ」
往人:「そっか…」
観鈴:「うん…」
観鈴:「でもどうして、そんなこと聞いたのかな」
往人:「いや、なんでもない…」
観鈴:「そう、なんでもないんだ」
往人:「ああ、お休み」
観鈴:「うん」
※ ※ ※ ※
往人の母:
『…海に行きたいって、その子は言ったの』
『でも、連れていってあげられなかった』
『なにひとつ、してあげられなかった』
『夏はまだ、はじまったばかりなのに…』
『知っていたのに、わたしはなにもできなかった』
往人:『なにも…』
往人の母:
『誰よりもその子の側にいたのに、救えなかった…』
『女の子は、夢を見るの』
『最初は、空の夢』
『夢はだんだん、昔へと遡っていく』
『その夢が、女の子を蝕んでいくの』
往人:「……!」
往人:「もう…こんな時間」
往人:「……っ!寝違えたか…痛っ」
往人:「観鈴…」
※ ※ ※ ※
往人:「観鈴…観鈴!遅刻するぞ、観鈴」
往人:「入るぞ」
往人:「…どうしたんだ?」
観鈴:「足が痺れたみたいになってるの」
往人:「昨日、歩きすぎたんじゃないのか」
観鈴:「ううん、いつもはすぐに治るの」
往人:「いつも?」
観鈴:「この頃、朝はだいたいこんな感じだから」
観鈴:「うん、もう大丈夫…わ!」
往人:「おい!」
観鈴:「にはは。転んじゃった」
往人:「病院行ったほうがいいんじゃないか」
観鈴:「大丈夫。もう少し休めば、きっと…」
観鈴:「でも、授業始まっちゃうね」
往人:「気にするな。行ける状況じゃないだろ」
観鈴:「そうだね…残念」
往人:「今日は寝てろ」
観鈴:「でも、ご飯…」
往人:「その辺のもの勝手に食べるから心配するな」
観鈴:「そうしてくれると、嬉しい」
往人:「夏風邪じゃないのか。変なジュースばかり飲むからだ」
観鈴:「にはは。そうかも」
※ ※ ※ ※
晴子:
「イッター…」
「頭いたいわ…どいてや」
「はぁ…ふぅーうぅ!」
「なにつくっとるんや?」
往人:「粥(かゆ)…観鈴に」
晴子:「たまごのにおいきくわ、ちょっとあかんわ、それ」
往人:「観鈴を看てやってくれ。具合が悪いんだ」
晴子:「はっ…あれやな。落ちてるもんでも拾うて食うたんやろ」
往人:「顔ぐらいだしてやれよ」
晴子:「頭痛いねん。それに、あの子もいまさらうちが顔出したからって元気なんかでぇへんよ」
晴子:「あんたがそばにおったったら、それでええやろ」
晴子:「さぁ、うち昼まで寝るから、後よろしゅう」
晴子:「ほな、おやすみ」
03. 海へ行きたい
観鈴:「おいしい」
往人:「それ食い終わったら、ちょっと寝ろ」
観鈴:「ご馳走さま」
観鈴:「よし」
往人:「なにしてるんだ?」
観鈴:「トランプしよう、往人さん」
往人:「あのな、それじゃ休んだ意味がないだろ?」
観鈴:「だって、眠りたくないもん…」
往人:「どうして?」
観鈴:「夢、見たくないの」
往人:「空の夢じゃなかったのか?」
観鈴:
「ううん」
「空の夢だったけど…今までとぜんぜん違った」
「ぽっかりと月が浮かんでて、すごく明るかった」
「わたし、空に昇ろうとしてた」
「体中がずきずき痛くて動かないのに、ずっと高くまで昇ろうとしてた」
「そうしたら…」
「声が聞こえてきたの」
往人:「声?」
観鈴:
「たくさんの人の声」
「わたし、それでわかった」
「みんなが、わたしを閉じ込めようとしてるって」
「耳の中がわんわん鳴って、それ以上昇れなくなって、それで…」
往人:「閉じ込められる」
観鈴:「もう、見たくないな…」
往人:「ただの夢だろ。気にするな」
観鈴:「うん。往人さん、暇…だよね?」
往人:「ん?なんだ?」
観鈴:「うん。海へ行こう」
往人:「そっか。約束したんだったな」
観鈴:「うん。浜辺で遊ぶの」
観鈴:「砂を掘ったり、波から逃げたりしながら」
往人:「俺も…か?」
観鈴:「いいよ、往人さん見ていてくれるだけでも」
往人:「いや、いいよ。約束だからな」
観鈴:「ほんと? うれしい」
往人:「でもな…」
観鈴:「うん?」
往人:「今日はやめておこう」
観鈴:「え?」
往人:「おまえ、まだ具合悪いだろ」
往人:「よくなってからにしよう」
観鈴:「うーん…」
往人:「おまえ、楽しいことが待ってたら、頑張れるんだろ?」
観鈴:「うん…そだね」
観鈴:「じゃ、明日いこうね」
往人:「ああ。そうなるように、頑張れ」
観鈴:「うん」
※ ※ ※ ※
往人の母:
『夢はだんだん、昔へと遡っていく』
『その夢が、女の子を蝕んでいくの』
『最初は、だんだん身体が動かなくなる』
『それから、あるはずのない痛みを感じるようになる』
『そして…』
『女の子は、全てを忘れていく』
『いちばん大切な人のことさえ、思い出せなくなる』
『そして、最後の夢を見終わった朝、女の子は…』
『やさしくて、とても強い子だったの』
『だから…』
『往人。今度こそ、あなたが救ってほしいの』
『その子を救えるのは、あなただけなのだから』
往人:
「……!」
「なんなんだよ、これ」
「……っ、こんな時間に、誰だ?」
「こんな時間から仕事か」
晴子:「アンタか?仕事はしばらく休むことにしたんや」
往人:「その荷物…」
晴子:「旅行や。ふらりひとり旅、温泉巡りや」
往人:「アンタ…今観鈴がどういう状況か…」
晴子:「ええ温泉が仰山あんねん」
晴子:「温泉浸かって、酒飲んで、ゆっくりすんねん」
往人:「なに考えてんだ、アンタは…」
晴子:「なんや文句あるんか。うちの勝手や」
往人:「観鈴はどうするんだよ」
晴子:「あんたに任せる」
晴子:「観鈴も、あんたのこと好いとる。それにアンタ、意外としっかりしとる」
晴子:「せやから、うちがおらんでも大丈夫、面倒見たってや、ほな」
晴子:「なんや、見送りはいらんよ」
往人:「…観鈴は今、夢を見ている」
往人:「その夢が、観鈴をこんな風にしてるんだ」
晴子:「いきなりなに言い出すねん」
往人:「そのうちに観鈴は、あるはずのない痛みを感じるようになる」
往人:「それから、観鈴は忘れていく」
往人:「俺のことも、あんたのことも」
往人:「最後の夢を見終わった朝…」
晴子:「夢を見終わったら、なんや」
往人:「たぶん、観鈴は…」
往人:「観鈴は死んでしまう」
晴子:「言うてええ冗談と、悪い冗談があるで」
晴子:「うちにはうちの事情があんねん。あんたのタワゴト聞いとる暇ない」
往人:「娘を置いて温泉に行くのが、あんたの事情か?」
晴子:「観鈴はうちの娘やあらへん」
晴子:「…ほな、うち行くわ」
晴子:「ひどなるようやったら、病院連れてったってや」
※ ※ ※ ※
往人:「観鈴…」
観鈴:「うん…」
往人:「オレは?どうしたらいい…」
観鈴:「海…」
往人:「そうだな。海へ行こう、観鈴」
04. もうひとりの私
往人:「観鈴…?もういいのか、おまえ…」
観鈴:「うん、大丈夫」
観鈴:「それに朝食作らないと、誰かさんがお腹ぐぅぐぅ空かせちゃうし」
往人:「寝てろよ。俺が作るから」
観鈴:「いいの、昨日往人さんには作ってもらったし、それにこういうことしてないと、本当に病人になっちゃったみたいだし」
観鈴:「うん」
とんとん…
往人:「おまえ、それで足りるのか?」
観鈴:「うん。昨日ずっと寝てたから、あんまりお腹空いてない」
往人:「そうか」
観鈴:
「あ、そうだ」
「お母さん、しばらく留守にするって」
「知ってたのか」
「うん」
往人:「アイツ…」
観鈴:「違うの」
往人:「?」
観鈴:「いいの、わたし、お母さん大好きだから」
観鈴:「お母さんには自由にしていてほしいの」
観鈴:「また、夢を見たよ」
往人:「?」
観鈴:「いい夢だった」
往人:「空の夢か?」
観鈴:「ううん。今度は夜の森」
観鈴:「森の中で、話をしてるの」
往人:「誰と?」
観鈴:
「よく覚えてないけど…」
「すぐ近くに、誰かが寄り添ってくれてた」
「わたし、その人に『海って何だ?』って訊いた」
「そうしたら、教えてくれたの」
「海のこと、たくさん」
「話してるだけで、すごく楽しかった」
「言葉を全部包んで、いつまでもしまっておきたいって思ったぐらい」
「そのぐらい、幸せだった…」
「あんな夢なら、もっと見たいな」
往人:「なら、寝てろよ」
観鈴:「だって…もったいないよ」
観鈴:「きっと、夏は短いから」
往人:「観鈴…海に行くか」
観鈴:「往人さん、言ってることヘン」
観鈴:「寝ろって言ったり、海に行こうって言ったり」
往人:「気が変わったんだ」
観鈴:「でも…」
往人:「行きたいんだろ?」
往人:「まだ日も早いし、ゆっくり行けばきっと大丈夫だ」
往人:「俺が連れてってやるから」
観鈴:「うんっ」
※ ※ ※ ※
往人の母:
『…海に行きたいって、その子は言ったの』
『でも、連れていってあげられなかった』
往人:「そんなこと…」
観鈴:「ん?なにか言った?」
往人:「いや、なんでもない」
観鈴:「往人さん、また怖い顔してる、ダメだって言ってるのに」
往人:「こう…だっけ?」
観鈴:「違うよ、こう…にはは」
往人:「なんだその顔」
※ ※ ※ ※
観鈴:「ちょっと待って…」
往人:「ああ」
往人:「観鈴、肩につかまれ」
観鈴:「うん…ごめんね」
往人:「暑いな…大丈夫か」
観鈴:「うん、大丈夫」
往人:「よし」
往人:「ほら、もっとしっかりくっ付けよ、オレの首に手を掛けて」
観鈴:「あ…ごめんね…」
観鈴:「すぐに…治るから…」
往人:「あ、オレ…」
観鈴:「ごめんね…私が悪いの…」
観鈴:「海は、また明日…」
観鈴:「にははっ…」
観鈴:「あ…うぐ…」
※ ※ ※ ※
往人:「なあ、観鈴」
観鈴:「うん?」
往人:「夕飯は俺が作ってやるよ」
往人:「何見てるんだよ」
観鈴:「往人さん、やさしくなったね」
往人:「そうか?」
観鈴:「うん、今までならきっとそんなこと言ってくれなかったよ」
往人:「そうだな」
観鈴:「往人さんの知ってること、教えて」
往人:「?」
観鈴:「往人さんが探してる人とわたしの夢、関係あるんだよね」
往人:「関係ないんじゃないか」
観鈴:「だって、この前、わたしに訊いたよね」
観鈴:「夢の中のわたしに、翼があるかって…」
往人:「あんなもの冗談だ。忘れろ」
観鈴:「ううん、往人さん真剣な目してたよ」
観鈴:「聞いてくれる?」
往人:「うん?」
観鈴:「わたしが、いろいろ考えて辿り着いた答え」
往人:「あぁ?」
観鈴:
「わたしの夢は、もうひとりのわたしなの」
「その子には翼があって、きっと自由に空が飛べた」
「それなのに、今、その子は苦しんでいるの」
「だから、わたしに何かを伝えようとしてる…」
「だから…」
「わたし、がんばって夢を見る」
「もっと夢を見れば、わかるかもしれないから」
「その子がどうして苦しんでるのか」
「そうすれば、その子のこと、助けてあげられるかもしれない」
「にはは…いい考え。ナイスアイデア」
「そうしよーっと…」
往人:「馬鹿っ!」
観鈴:「にはは…わたし、馬鹿だから」
往人:「なあ、観鈴…」
往人:「おまえの言う通りかもしれない」
往人:「でもな、夢の中のおまえが苦しんでいるとしたら…」
往人:「このまま夢を見続けたら、おまえもそいつと同じことになるかもしれない」
観鈴:「ちょっと休んでいいかな」
往人:「あ…ああ」
観鈴:
「わたしが夢を見はじめたのは、きっと偶然じゃないんだよね?」
「わたし、今年の夏は特別だって思った」
「がんばって、友だちをつくろうって思ってた」
「そうしたら、往人さんに会えた」
「そうして、夢を見はじめた」
「きっと全部、ひとつにつながってるんだよね」
「だから、がんばりたいな」
「この夏を、いちばん幸せにしたいから」
「往人さんと出逢えた夏だから」
※ ※ ※ ※
往人の母:
『知っていたのに、わたしはなにもできなかった』
『誰よりもその子の側にいたのに、救えなかった…』
『友達が近づくだけで、その子は苦しがる』
『だからその子は、ずっとひとりぼっち』
05. 往人さん、ありがとう
往人:「観鈴!」
往人:「大丈夫か?」
観鈴:「違うの、そうじゃないの」
往人:「夢を見たのか?」
観鈴:「うん…」
観鈴:「悲しかったの」
観鈴:「何度やっても、うまくいかなかった」
観鈴:「もう、時間がないのに」
往人:「観鈴…」
往人:「オレ…ここに居てもいいか?」
観鈴:「え?」
往人:「なにができるかわからないけど、お前のそばにいるよ」
観鈴:「往人さん…」
往人:「ここに居てもいいか?」
観鈴:「うん」
※ ※ ※ ※
観鈴:「…往人さん、往人さん」
往人:「あ、すまん。オレのほうが寝ちまって」
観鈴:「ううん、往人さん、すごくよく寝てた」
観鈴:「もう起きないかと思った」
往人:「そんなわけないだろ」
観鈴:「にはは」
往人:「また夢を見たのか」
観鈴:「今度はね、ちょっと楽しい夢。だけど、ちょっと悲しい夢」
往人:「なんだよ、それ」
観鈴:
「にゃは、夜なのに、空がすごく明るいの」
「音楽と笑い声が聞こえて」
「たくさんの人が、輪(わ)になって踊ってた」
「あれ、きっとお祭り」
「みんなすごく楽しそう…」
「でも、わたしはそれを遠くから見てた」
「あそこはわたしの場所じゃないって、知ってたから…」
「お祭り、わたしも行きたいな」
「でも、ちょっと無理だね」
往人:「…おまえなぁ」
往人:「夢の中でぐらい、もっと積極的になれよ」
往人:「友達をつくるとか」
観鈴:「にゃは、友達、いるから」
往人:「どこに?」
観鈴:「往人さん、友達」
往人:「俺は友達というより…なんなんだろうな」
観鈴:
「にはは」
「でも、往人さんナイスアイデア」
「次の夢で試してみる~へへ」
「往人さん、やっぱり…海に行きたい」
往人:「観鈴…」
観鈴:「ダメかな?」
往人:「いや」
観鈴:「大丈夫だよ、私」
観鈴:「今度はちゃんと海まで行けるよ」
観鈴:「ほら…わ!」
往人:「観鈴!」
観鈴:「鼻、ぶつけちゃった…にはは」
観鈴:「…あれ?おかしいな」
往人:「観鈴…お前」
観鈴:「足が…動かない」
往人:「観鈴…」
観鈴:「でも、治るよね」
観鈴:「にはは…すぐには治らないかな?」
往人:「今日は休んでろ」
往人:「なっ?海なんていつでも行ける」
観鈴:「ダメ」
観鈴:「今日は遊ぶって決めたの」
往人:「………」
観鈴:「そうだ、往人さん、トランプしよ」
観鈴:「届かない…」
往人:「ん」
観鈴:「わっ…」
往人:「頼むから、無理しないでくれ」
観鈴:「無理なんかしてないよ」
観鈴:「宿題、全然やってない」
往人:「そんなことしてたら、治るものも治らなくなるぞ」
観鈴:「絵日記つけないと」
往人:「明日やればいいだろ」
観鈴:「絵日記はためたらダメ」
観鈴:「天気とか、わからなくなるから」
観鈴:「それに、昨日のぶん、まだ書いてないし…」
往人:「わかった。海はまたにしよう、その代わり、絵日記はやってもいい」
観鈴:「うん」
往人:「どこにあるんだ?俺が取ってやる」
観鈴:「机の引き出し」
観鈴:「往人さん、人の日記見たらダメ」
往人:「本当に、ちゃんと書いてたのか」
観鈴:「…今、意外そうな顔した」
観鈴:「あ、面白かった?」
往人:「いや」
観鈴:「そう?自信作(じしんさく)なんだけどな」
観鈴:「クラスの自由課題でいちばん楽しいの」
往人:「はっきり言っておまえには日記を書く才能がない」
観鈴:「え、そうかな」
観鈴:「そんなことないと思うけどな」
往人:「観鈴、これからはおまえがやったことじゃなく、やりたいことを書け」
観鈴:「え?それ日記じゃない」
往人:「いや、日記だ」
往人:「書いたことは全部、俺がかなえてやるから」
観鈴:「色鉛筆(いろえんぴつ)、ほしい」
往人:「っ…ああ」
観鈴:
「海に行きたい。一日中海で遊んで、へとへとになって帰ってくるの」
「それからね、カラスさんに触りたい」
「変なジュース、もっといっぱい飲みたい」
「お祭りにも行きたいし…」
「それから…それから…」
「ありがとう、往人さん」
06. 大切な人
往人:
「見上げると、巨大な入道雲(にゅうどうぐも)が空を覆っていた」
「ここからじゃ見えない場所」
「今も観鈴は、その場所にいるのだ。ひとりきりで」
「観鈴ひとりが、雲の上をさまよっている」
「どんなに手を伸ばしても、地上からではその観鈴には手が届かない」
観鈴:
「今朝見たのは、旅の夢」
「わたしは旅をしてた」
「何かを探す旅」
「森の中を、何日も何日も歩いた」
「辛かったけど、わたし、がんばった」
「大切な人たちが、側にいてくれたから…」
往人:「大切な人たちって、誰のことだよ?」
観鈴:「よくわからないの」
観鈴:「でも覚えてるの。大切な人。往人さん」
往人:「ん?」
観鈴:
「本当は知ってるんだよね、往人さん」
「私の夢が、私をこんな風にしてるって」
「夢を見るたびに、私はだんだん弱っていって」
「最後はきっと…空にいる女の子と、同じになってしまうって」
往人:「そんなわけあるか」
観鈴:「にはは…怒られちゃった」
観鈴:「でも、わたしが思い出してあげなかったら、その子がかわいそうだから…」
観鈴:「だからわたし、がんばる」
往人:「もうひとりのおまえのことなんて、考えなくていい」
往人:「おまえはここにしかいないんだ」
※ ※ ※ ※
往人:「誰でもいい、誰か…」
電話:『…はい、川口ですけど』
往人:「川口…茂美(かわぐち しげみ)でいいのか…?」
電話:『はい、そうですけど…』
往人:「今、神尾観鈴の家からかけている。おまえ、観鈴のクラスメイトだよな」
電話:『はあ、そうですけど…』
往人:「十分怪しい電話だってことはわかってる。でも、頼みがあるんだ」
往人:「今すぐ、観鈴…神尾のところまで遊びに来てくれないか?」
電話:『ええと…すみません、私、今出かけるところで、すみません』
往人:「頼む!待ってくれっ!」
往人:「具合がよくないんだ」
往人:「俺だけじゃどうにもならない。誰かの助けが必要なんだ」
電話:『えっ…?神尾さん、また泣いてるんですか?』
往人「知ってるのか?」
電話:『ええ、クラス替えの時、近くの席だったから、仲良くなりたかったんですけど…』
電話:『神尾さん、泣いちゃって。理由を聞いても教えてくれなくて』
電話:『なんか、それっきり気まずい感じになっちゃって…』
往人:「それは観鈴が悪いわけじゃないんだ」
往人:「とにかく、来てくれないか?」
電話:『でも…』
往人:「頼む。今すぐでなきゃならないんだ」
電話:『失礼ですが、あなたは…?』
往人:「オレ?ええと、オレは…」
観鈴:「往人さん、受話器、貸して」
往人:「観鈴…」
観鈴:
「神尾です」
「うん…そう。そうだよね。にはは…」
「そうなんだ…うん。来なくてもいいから…」
「大丈夫だから…にははっ…それじゃ」
BGM:羽根
往人:「何やってるんだよ、おまえはっ!?」
往人:「なんで自分からひとりになろうとするんだよ!?」
観鈴:「川口さん、いい人だから」
観鈴:「忙しいのに、呼び出したらいけないの」
往人:「おまえと友達になりたいって言ってたぞ」
往人:「おまえのこと、心配してたのに…」
観鈴:
「うん。知ってる」
「川口さん、すごくいい人」
「みんなすごくいい人」
「往人さんも、すごくいい人」
「だから、迷惑かけちゃいけないの」
往人:
「嘘つくなよ」
「友達が欲しいんだろ?」
「ひとりは嫌なんだろ?」
「やりたいことがたくさんあるんだろ?」
「誰かと一緒に、思いっきり遊びたいんだろ?」
観鈴:「往人さんがいい」
観鈴:「往人さん、友達」
観鈴:「往人さんがいてくれたら、他には誰もいらない」
07. 二人の心
観鈴:「…あれ、きっと、隣町の花火大会」
往人:「見に行ったこと、あるのか?」
観鈴:「ううん」
観鈴:「でも、家の前に出れば、少しだけ見えるの」
観鈴:「わたし、いつも、ひとりで見てた…」
往人:「見てみたいか?」
観鈴:「ううん」
観鈴:「こうしてるだけで、きれいだってわかるから」
往人:「そうだな…」
往人:「観鈴?大丈夫か?観鈴…」
観鈴:「大丈夫…だから…行かないで…」
観鈴:「どうして…みんな…わたしだけ…残して…」
観鈴:「はぅっ…」
往人:「観鈴!…観鈴!」
往人:「いいか…辛くても耐えろよ…」
往人:「俺がおまえのそばにいるから」
観鈴:「往人さん…」
往人:「俺がおまえのそばにいるから…」
観鈴:「本当に…?」
往人:「ああ」
観鈴:「本当に、ずっと一緒に居てくれるの?」
観鈴:「本当に、ずっと…こうして強く抱きしめていてくれるの?」
往人:「ああ」
観鈴:「ありがとう、往人さん」
往人:「ああ」
観鈴:「往人さん、ずっと一緒にいてね」
往人:「ああ、わかってる」
観鈴:「ずっと…ずっと、一緒だね」
往人:「ずっとずっと一緒だ」
※ ※ ※ ※
観鈴:「往人さん…往人さん…往人さんっ!」
往人:「ん…」
観鈴:「よかった…もう起きないかと思った…」
往人:「あ…オレ、どうして」
観鈴:「どうしたの…?」
往人:「べつにどうもしない」
観鈴:「どうもしなくて、そんな顔にならないよ…」
往人:「もともとこんな顔なんだ」
観鈴:「往人さん…」
往人:「ベッドに戻れよ」
観鈴:「ううん…」
往人:「観鈴、ベッドに戻れ」
観鈴:「往人さん、放っとけないよ…」
往人:「俺は大丈夫だって。ちょっと寝れば治る」
観鈴:「わたしのベッド使っていいよ」
往人:「な、観鈴。あんまり俺を困らせるな」
観鈴:「うん…」
往人:「ほら」
往人:「少し眠れ。側にいてやるから…」
観鈴:「うん…」
観鈴:「往人さん」
往人:「何だ?」
観鈴:「わたしの…せいかな?」
往人:「違う。少し休め」
観鈴:「うん」
往人:「…なんだ、これは?」
往人の母:『二人の心が近づけば、二人とも病んでしまう』
往人の母:『二人とも助からない』
往人:「どういうことなんだ」
往人の母:『誰よりもその子の側にいたのに、救えなかった…』
往人:
「どうして救えなかった?このせいなのか?」
「観鈴を助けようとする行為そのものが、観鈴を病ませていく」
「そして、助けようとした人間も病んでいく…」
「だからなのか」
往人の母:『二人の心が近づけば、二人とも病んでしまう』
往人の母:『そして、二人とも助からない』
往人:
「それなのに、俺は観鈴の側に居続けた」
「誰よりも観鈴の側にいたいと思った」
「そして、オレまでもが病み始めた」
「オレたちの心が、近づきすぎたのか」
「…でも、他に何ができたというんだ?」
往人の母:『二人の心が近づけば、二人とも病んでしまう』
往人:「それなら、心が遠ざかれば、まだ間に合うかもしれない」
観鈴:
『往人さん…ずっと一緒にいてね』
『海に行きたいな』
『砂浜で遊ぶの』
『かけっこしたり』
『水の掛けあいしたり…』
『ずっと…』
往人:「観鈴が望むもの」
観鈴:『一緒だね』
往人:「誰もが飽きるほどやったはずの、他愛のない子供の遊び」
往人:「たったそれだけのことさえ、俺は与えることができなかった」
観鈴:
『そして、最後に』
『また明日、って…』
『でも、今は我慢』
『その方が、海まで行けた時にもっと嬉しくなるから』
『観鈴ちん、ふぁいとっ』
08. 一緒にいきたい
観鈴:「う…往人さん、その荷物…」
往人:「オレは、ここを出ていこうと思うんだ」
観鈴:「え…?」
往人:「最初はバス代を稼ぐまでだと思っていた。けど、色々あって、長居になってしまったからな…」
観鈴:「お金…まだ稼げてないよね」
往人:「そんなものいらないんだよ。最初からいらなかったんだ」
往人:「歩けばいいんだからな」
観鈴:「ずっと、一緒にいてくれる…そう言ってくれた」
往人:「性分なんだ。俺は一カ所に留まっていられないんだ」
観鈴:
「そんな…これからだって思ってたのに…」
「これからがんばろうとしてたのに…」
「往人さんにいてほしいな…」
「ずっといてほしいな…」
往人:「観鈴…おまえが俺を苦しめてるんだよ。わかるか」
観鈴:「え…?」
往人:
「おまえはずっとひとりぼっちだった」
「今、だんだん身体が動かなくなってきている」
「このままいくとおまえは、あるはずのない痛みを感じるようになる」
「そして…」
「おまえは、全てを忘れていく」
観鈴:「私…忘れないよ」
往人:「いや、お前はいちばん大切な人間のことさえ、思い出せなくなる」
観鈴:「私…」
往人:「そして、最後の夢を見終わった朝…」
往人:
「お前は…」
「お前が俺を選んでしまったからだ…」
「二人の心が近づけば、二人とも病んでしまう」
「二人とも助からない」
「これ以上おまえと居続けたら、俺のほうが先に倒れる」
観鈴:「往人さん…」
往人:「オレはおまえから逃げることにしたんだ」
往人:「オレはこの町を出て、もうおまえと出会うことのない場所までいく」
観鈴:「やっと、ひとりじゃなくなったのに…」
観鈴:「いつ、出るの?」
往人:「今日」
観鈴:「すぐ?」
往人:「ああ。今すぐだ」
観鈴:「じゃ、これでさよならだね…」
往人:「そうだな」
観鈴:「往人さん、私にできた初めての友達」
観鈴:「きっと、往人さんいなかったら、もっと早く諦めてたと思う」
往人:「じゃあな」
観鈴:
「あのね、往人さん」
「あのね、今朝の夢…」
「わたし、ひとりぼっちで、閉じ込められてた」
「淋しかった」
「誰かが連れ出してくれるのを、ずっと待ってた…」
「わたし…」
「わたしね…」
「一緒にいきたい」
「往人さんと一緒にいきたい」
「ついていったら、ダメかな」
往人:「バカか、おまえは…」
往人:「俺はこの家を去りたいわけじゃない」
往人:「お前から、離れたいだけなんだ」
観鈴:「そっか…ごめんね。またバカなこと言って」
観鈴:「じゃあ、ばいばい。元気でね」
往人:「ああ」
往人:「おまえ…頑張れよな」
観鈴:「うん」
往人:「ひとりでも、頑張れよな」
観鈴:「うん、ひとりでもがんばる」
往人:「おまえは、強いもんな」
観鈴:「うん、わたし強い子」
往人:「よし」
往人:「じゃあな」
※ ※ ※ ※
往人:
「バスが、何台もオレの前を通り過ぎていった」
「ベンチに座っているオレを見て、バスは止まり」
「オレに乗る気がないことがわかると、ドアを閉めて走り去った」
「誰もバスには乗らなかったし、誰もこの町には降りなかった」
「そうだ、すべてここから始まったのだ」
『そこの子供たち』
子供たち:『ん?』
往人:
『今からオレが、芸を見せてやるからな』
「それはこれからも、どこの町でも繰り返されるだろう」
『さあ、楽しい人形劇の始まりだ』
「オレは色々な場所に降り立ち」
「そして、この人形を動かして、子供に見せるだろう」
観鈴:『こんにちはっ』
観鈴:『あの、こんにちはっ』
往人:『オレか?』
往人:「ここに辿り着いた日…」
往人:『なんかようか?』
往人:「その日から…」
観鈴:『遊びに行きませんか?』
往人:
「…ずっと夢を見ていたような気がする」
「どこまでも、どこまでも高みへ」
「空を目指した夢」
「けど、そこには届かなかった」
「ただ、ひとり、そこには少女がいた」
「ずっと、今も風を受け続けている」
「彼女の夢は、続いてゆく」
「これから先もずっと」
※ ※ ※ ※
往人の母:『この人形はね、ひとを笑わせる…楽しませることができる道具なの』
往人の母:『動かしてみて』
往人:『できない。どうすればいいのかわからない』
往人の母:『こうするのよ。指先を当てて…』
往人の母:『思えば通じる。思いは通じるから』
往人:『思い?』
往人の母:
『今、往人はどう思ってる?』
『人を笑わせたいと思ってる?』
『そうじゃないと動かないよ?』
『動かしたい思いだけじゃなくて、その先の願いに触れて、人形は動きだすんだから』
『往人は誰にも笑ってほしくない?』
『私は笑って欲しいな。出会ったひとたち、みんな』
09. 願い
往人の母:『私はずっと、旅を続けてきたの』
往人の母:『空にいる少女を探す旅』
観鈴:『海に行きませんか?』
往人の母:『わたしのお母さんも、お母さんのお母さんも、ずっとそうしてきた』
観鈴:『遊びに行きませんか?』
観鈴:『昨日、遊んでたんですよ』
往人の母:『そしてみんな、その子に出会った』
往人の母:『とても悲しい思いをした…』
観鈴:『ずっと眺めてたんです』
往人:「何度めの夏だろう」
観鈴:『楽しそうだなぁ、わたしも遊びたいなって』
往人:「この町で、ひとりの少女と出会った」
観鈴:『神尾観鈴。観鈴って呼んでほしい』
往人:「そいつはいつだって笑顔で俺のそばにいた」
観鈴:『往人さん』
往人の母:『誰よりもその子の側にいたのに、救えなかった…』
観鈴:『観鈴&往人さん』
観鈴:『カラス、触ってくる』
観鈴:『砂浜で遊ぶの…』
往人:「青空の下で、続いてきた夏」
観鈴:『かけっこしたり、水の掛けあいしたり』
往人:「ずっと隣にいた観鈴」
観鈴:『そして、最後に『また明日』ってお別れするんです』
往人:「いつだって笑っていた観鈴」
往人の母:
『二人の心が近づけば、二人とも病んでしまう』
『二人とも助からない』
『だから、その子は言ってくれたの』
『わたしから離れて、って』
『やさしくて、とても強い子だったの』
『だから…』
往人:「オレは見つけていた」
往人の母:『今度こそ、あなたが救ってほしいの』
往人の母:『その子を救えるのは、あなただけなのだから』
往人:「オレが探していたもの…」
往人の母:
『この人形の中にはね。叶わなかった願いが籠められているの』
『わたしのお母さんも、お母さんのお母さんも、ずっとそうしてきた』
『衰えてしまう前に、この人形に『力』を封じ込めてきた』
『いつか誰かが、願いを解き放つ時のために』
観鈴:『私、海に行きたい』
往人の母:『だからわたしも、願いのひとつになる』
往人:「ずっと昔から探してきたもの…」
往人の母:
『今、わたしが話していることを、あなたは全て忘れてしまう』
『あなたが思い出さなければ、わたしたちの願いはそこで終わる』
『今からこれは、あなたのもの』
『これをどう使うかは、あなたの自由』
『ただお金を稼ぐためだけに、人形を動かしてもいい』
『旅をやめてしまってもいい。人形を捨ててしまってもいい』
『空にいる女の子のことは、忘れて生きていってもいい』
『でもね、往人…』
『きっと思い出す時がくる』
『どこかの町で、あなたはきっと女の子に出会う』
『やさしくて、とても強い子』
『その子のことを、どうしても助けてあげたいと思ったら…』
『人形に心を籠めなさい』
『わたしはあなたと共にあるから』
『その時まで…』
往人:
「オレはただ、笑ってくれる誰かがそばにいればよかった」
「オレはそうして、ひとを幸せにしたかった」
「自分の力で、誰かを幸せにしたかった」
「そうしていれば、よかったんだ」
「ずっと探していたものとは、そんなありふれたものだったんだ」
観鈴:『とても楽しかった』
子供たち:
「このお兄さん、さっきからヘンだよ」
「暑いからかな」
「わーっ!」
「きゃーっ!」
往人:「待てっ」
女の子:「きゃーっ!」
往人:「頼むっ、助けてくれ!」
女の子:「え…?」
往人:「とりあえずこれを見てほしいんだ」
女の子:「あ、人形さん」
往人:「今からこの人形さんが歩いてみせるからな」
女の子:「ほんと?」
往人:「ああ」
女の子:「わぁ…すごい」
往人:「どうだ?」
女の子:「ふしぎ~」
往人:「面白いか?」
女の子:「ふしぎだけど…面白くはないよ」
往人:「だよな…」
往人:「だからな、助けてほしいんだ」
女の子:「なにを?」
往人:「どうすれば、おもしろくなるか。見ている人が笑えるようになるか」
女の子:「うーん…」
往人:「どうしたらいいと思う」
女の子:「ちょっと待ってね…」
女の子:「みんなぁーっ」
女の子:「あのねあのねー、このお兄ちゃんがねー」
※ ※ ※ ※
往人:
「観鈴…」
「ここ、座るな」
「オレ、戻ってきたんだ」
「もうどこにもいかない」
「おまえと一緒にいて、おまえを笑わせ続ける」
「そうすることにしたんだ」
「だからな、観鈴…起きろ」
「観鈴…オレだ。観鈴…観鈴…」
観鈴:「う…ん…」
往人:「観鈴、わかるか。オレだ」
観鈴:「…往人さん…」
往人:
「辛いなら、そのままでいい」
「いいか、これからお前のために人形を歩かせてみせるから」
「だから、よおく見てろよ」
「コツ掴んだんだ。絶対面白いから」
「だから、また笑えるようになる」
「な、おもしろいだろ」
「観鈴、見てくれてるか」
「おかしいだろ」
「観鈴、起きろよ」
「見てくれよ。それで、笑ってくれよ」
「な、観鈴…」
「オレ、やっと気づいたんだ」
「オレはお前のそばにいて、おまえが笑うのを見ていればそれでよかったんだ」
「そうしていれば、オレは幸せだったんだ」
「だから、オレはおまえのそばにいる」
「もう、ひとりで夜を越えることもない」
「オレがいるからな」
「オレが、笑わせ続けるから」
「お前が苦しいときだってオレが笑わせるから」
「だから、おまえはずっと、オレの横で笑っていろ」
「安心して笑っていろ」
「な、観鈴」
「観鈴…オレは見つけたから」
「一番大切なものを。俺の幸せを。だから、ずっとここにいる」
「どうなろうとも…俺が…おまえがどうなってしまおうとも…」
「ふたりはここにいる。居続ける。ふたりで幸せになる」
「な、観鈴…」
往人の母:
『…往人』
『…今こそ、思い出しなさい』
『あなたのなすべきことを…』
往人:
「思い出すことなんて、もう何もない」
「なすべきことなんて、俺は知らない」
「俺はただ、こいつのそばにいたいだけなんだ」
「ただもう一度、観鈴の側で穏やかな日々を過ごしたいだけなんだ」
「ただ、観鈴を笑わせてやりたいだけなんだ」
「もう一度…」
「もう一度だけやり直せるのなら」
「そうすれば、俺は間違えずにそれを求められるから…」
「だから、どうか…」
「観鈴と出会った頃に戻って…」
「もう一度…観鈴のそばに…」
※ ※ ※ ※
観鈴:
「どうしてだろ…」
「もう起きられないと思ってたのに…」
「もうダメだって、思ってたのに…」
「往人さん?」
「往人さん、どこにいっちゃったの?」
「戻ってきてくれたんだよね…」
「往人さん…」
「ね、わたし、また元気になったよ」
「まだ、がんばれそうだよ」
「ね、往人さん…」
「往人さん…」